【拡散したくなる話】知ってた!?水戸黄門は実は全国を旅していないんです

『この紋所が目に入らぬか!?』

と印籠をかかげ、悪人に鉄槌を下し世直しする物語といえば「水戸黄門」です!

御老公御一行が日本全国を行脚しその土地で出会った人々にお世話になる中で悪人の存在を知り悪を懲らしめるといった日本人なら誰でも知っている時代劇ですがこの御老公黄門さまこと水戸藩主の徳川光圀ですが、

実は全国行脚どころか関東地方から出たこともないのです!

 

 

水戸藩二代目藩主、徳川光圀は1628年(寛永5年)に生まれ、18歳の時に学問に精を出すようになります。

20代半ばで歴史書「大日本史」の編さん(書物の内容をまとめること)をはじめました。この編さんには莫大な費用と時間がかかり水戸藩が財政難に陥るほどの一大事業だったといわれています。

こんな大事業を手掛けた徳川光圀ですが江戸や水戸近隣に赴く程度で関東から出ることすらなかったのです。

「大日本史」の編さんといった大事業をおこなったことから日本全国を旅したといったイメージにつながったのかもしれません。

ちなみに「大日本史」を徳川光圀と共に編さんにたずさわった佐々十竹(ささじっちく)と安積澹泊(あさかたんぱく)がドラマでの助さん・格さんのモデルになっています。

テレビ時代劇「水戸黄門」での全国行脚はあくまでドラマ上の演出で実際は全国を旅したというわけではないのです!

知ってました!?

拡散希望!水戸黄門だけに!